ご来賓の皆様、教授の方々、研究者の方々、
本日、ベトナム国家大学・ホーチミン人文社会科学大学において、「日本と漢字文化圏諸国(ベトナム・中国・韓国)の文学における近代化 (19世紀末から20世紀初まで)」と題した国際シンポジウムを開催する運びとなりました。我が大学にハノイ、フエ、クイ・ノン、ダラット、カント国内のみならず、日本、アメリカ、ロシア、中国、台湾といった多くの国から、教授、研究者をはじめとした、大勢の方々にお集まりいただき、大変光栄に思います。
孔子が「遠方から同好の志がやって来るのはなんと楽しいことではないか」ということばがあります。このシンポジウムが皆様との学術、研究における交流をより深める機会となることを願っています。人文社会科学大学、シンポジウム実行委員会を代表しまして、教授・研究者及びご来賓の皆様に心より歓迎の意を表すと共に、感謝の言葉に代え、ご挨拶を申し上げます。
皆様
2000年間で、中国・日本・韓国・ベトナムを含む東アジア文化圏、すなわち漢字文化圏は固い絆で結ばれてきました。私たち4国は漢字を共有し、学問や思考、また社会の仕組みにおいても共通点を持っています。19世紀半ば以降、西洋の植民地化に対抗し、これら漢字文化圏の国々も次々に近代化を成し遂げました。別々の歴史や地理的条件のもとで、それぞれの国々は独自の解決方法を模索してきましたが、その中でも日本は、アジアで先駆者として、もっとも近代化に成功した国だと言えます。
当時の日本を代表する思想家、福沢諭吉は「脱亜論」という作品の中で「アジアを抜け出し、欧米の思考を取り入れること」を主張しました。ここでいう「脱亜」とは地理的な問題ではなく、アジアの古き思考を取り払うことを意味しています。当時日本は明治維新を通じて、近代化に最も早く名乗りを上げ、それによってベトナムの知識層の期待を背負うことになりました。しかし、期待に反して、近代化した日本は、各国の不安定な歴史的情勢のため、近隣諸国に手を差し伸べることはできませんでした。第二次世界大戦が勃発し、戦火に巻き込まれたアジアの国々は終戦まで近代化に向けた取り組みを行うことが出来ないまま、一度目の近代化の流れは終息しました。東アジアの国々の近代文学は近代化の過程の中で、生み出され、当時の人々の生活、宿命や心を映し出す鏡になりました。
まだ研究されていない問題に関して、私たち文学研究界はそれらを明らかにする使命を負っています。ご存知の通り、19世紀末に新詩体、新小説、新劇を生み出すとともに、ベトナム・日本・中国・韓国で文学の近代化が進みました。こう言った問題に図書や雑誌、新聞で触れられることはありましたが、深く研究されることはありませんでした。そして、私たちは文学の近代化がどのように行われたか、共通点や各国の特徴、発展の規則などについて議論したことはあまりありませんでした。
このシンポジウムは、前述の問題について改めて考察する機会になります。今回のシンポジウムに止まらず、他の研究機関、また他の大学でこの先も同様の問題を議論する機会が設けられることを願っています。
文化や科学と同じように、文学も民族の理解を深める手助けをしています。1994年にストックホルムでのノーベル賞授賞式において、大江健三郎は彼と同世代の作家たちがアジアの国家間の和解に努める必要があると考えていましたが、このシンポジウムも東アジアの繁栄のため、私たちの相互理解を深めるのに役立つのではないかと信じています。
最後になりますが、名誉教授の方々、そして全国や海外から文学研究所の研究者の皆様方等、多くの方々のご関心を持ち、ご出席をしていただき、誠にありがとうございます。
外交機関のご来賓の皆様にご来場していただきありがとうございました。
今回のシンポジウムの実現に尽力された、人文社会科学大学の言語・文学学部を始め、関係のある部署、及び先生の方々、学生たちが色々努力したことを高く評価します。
国際交流基金・Japan Foundation様のご支援のおかげで、本シンポジウムが実現することができ、厚く御礼申 し上げたいと思います。
改めて、本シンポジウムの成功を祈念しますと共に、お集まり頂きました皆様のご健勝を祈念致しまして、私の開会挨拶を申し上げました。
どうもありがとうございました。




